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研究の概要

ヘッジホッグシグナル伝達経路は、胚発生時の細胞増殖、分裂、および組織パターン形成を制御しています。その異常な亢進はがんの発生、増殖、浸潤、転移に深く関与します。そのため、ヘッジホッグシグナル伝達経路を阻害する化合物は、新規抗がん剤のリード化合物として近年注目を集めており、世界中で活発に研究が行われています。しかし、ヘッジホッグシグナル伝達経路を標的とした薬剤の実用化には未だ至っていないのが現状です。

このような状況の中、植物Caesalpinia cristaの茎、根からtaepeenin D (TD) がヘッジホッグシグナル伝達経路阻害剤として石橋博士らによって単離されました。TDは前立腺がん細胞 (DU145) やすい臓がん細胞 (PANC1) に対して顕著な細胞毒性を示したことから、新たな抗がん剤としての活用が期待されています。しかしながら、天然からの供給量が限られていることに加え、その化学合成法が確立されていないため、活性の発現メカニズムや構造活性相関など、TDに関する研究は殆ど進展していません。

今回、私たちは、TDの薬理学研究を推し進めるため、その合成経路の開拓を行うことにしました。それが完成すれば、TDだけでなく、その構造類縁体の合成も可能になり、ヘッジホッグシグナル伝達経路の効率的な制御と、それに基づく抗がん剤の開発に大きく貢献することができます。

この合成研究を進めるにあたり、本研究では、TDに特徴的な4位四級不斉炭素の構築と、CDベンゾフラン環の構築法をそれぞれ確立することにしました。Wieland–Miescher ketoneを出発物質とし、9段階で合成できるアルコールA1は、4位の2つのメチル基がジアステレオトピックです。これを6位ヒドロキシ基からのエーテル環構築によって区別することにより4R*の立体制御を実現しました。このエーテル環構築は、ラジカルヨウ素化に引き続くエーテル化を含むもので、その立体選択性に関しては、1965年にAdegokeらが4S*体を与えるとしているのに対し、1971年にNakano, Banerjeeが4R*体が得られたと報告し、その後、だれも検証しないまま現在に至っているという状況がありました。本研究は、4R*体が優先的に得られるということを明確に示したもので、デカリン骨格上における、alkoxy radicalを経由したエーテル環形成反応の選択性に関する論争に終止符を打つものとして極めて高い価値を含むと考えています。

このようにして得られたA2に対し保護基の変換を行ってA3, A4へと順次導き、さらに酸化によりラクトンA5を合成しました。これをメタノリシスによりA7とし、4位立体化学の制御法を確立しました。

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一方、CDベンゾフラン環は、Wieland–Miescher ketoneより9段階で得られるケトンB1から逐次的に合成しました。すなわち、アルドール反応/マイケル反応/アルドール反応/脱水反応を順次行いB4を得ました。CuBrにより芳香環化し、次にフラン環をDmitryの方法により構築しました。この際、位置異性体B8が生じましたが、HPLC精製により望むB7との分離が可能でした。この逐次的合成法は、段階数がかかるものの、構造活性相関研究に欠かすことのできないTDの類縁体供給を可能にする点で有利であると言えます。ここで合成したB7は14位メチル基を欠いたもので、14–desmethyltaepeenin D (DTD) の前駆体になりますが、この方法論は14位メチル基を有するTDの合成にも適用が可能と考えています。また、フラン異性体B8の薬理活性にも興味が持たれます。

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本研究では、TDの構造に特徴的な
(1) 4位四級不斉炭素の構築と、
(2) CDベンゾフラン環の構築
に取り組み、TD類縁体の合成化学的供給も可能にするような経路の開発に成功しました。得られた知見をTD/DTDおよび類縁体の化学合成に活用するとともに、このたび得られたA7, B7, B8についてもその活性評価を実施して、ヘッジホッグシグナル伝達経路の効率的な制御法の開発と、創薬への展開を図っていきたいと考えています。

この研究成果は、2016年のTetrahedron Letters誌に掲載されました。

DOI: 10.1016/j.tetlet.2016.05.005